天井を見つめながら


 木造の小屋に縄で後ろ手に縛られた少女が一人。世にも珍しい、傭兵の少女。
 ハーフであるが日本人である。名を中島栄子という
 裸体である。体の起伏は少ない。洗髪すれば美しいであろう金髪も、今は埃にまみれている。
「君たちの部隊の駐屯地はどこなのか、さっさと教えてくれないかお嬢ちゃん?」
 男の声がした。威圧的な声であった。敵軍の者であろう。髭が濃い男だった。士官ではないようだがある程度の身分であるらしい。背後に二人の兵士らしき男が控えている。
 栄子は答えるつもりはなかった。仲間は売らない。彼女はそう決心していた。
 国籍も年齢も違う傭兵たちが団結できるのは戦友との絆があるためである。言い換えればそれ以外には傭兵たちを繋ぐものは何もなかった。
 仲間を裏切るくらいなら死んだほうがましだと考えるのは、国籍も生い立ちも異なる傭兵たちの数少ない仁義であった。
 無論栄子も同様にそんな考えを持っている。これは傭兵にとって普遍的な概念、最早戒律といってもよいものである。
「今のうちに吐いてしまえば痛い目にあわなくて済んだんだがな……」
 髭の男がナイフを取り出し、刃を栄子に向ける。
「抑えておけ」
 髭の男が背後の兵士に命じる。二人の兵士がもとより身動きの取れぬ栄子の体をしっかりと掴む。
 栄子は目を閉じた。いくら彼女といえど傷の痛みへの恐怖が無いわけではない。
 しかし、男は意外な行動をとった。彼女の縄を切ったのである。
(……どういうことなんでしょう?)
 栄子が訝った。縄を切られたとはいえ、二人の男に抑え込まれているため依然身動きは取れない。
 そうこうしているうちに髭の男が顎をしゃくった。二人の兵士が栄子の両手が重なるように腕を抑え込む。
 天井に掌を向けるような形で、両の手が重なる。仰向けに寝た格好の栄子の視界には、髭面の男がナイフを振りかぶる様が飛び込んできた。
「あぐぁああああああッ……!」
 髭の男が突き立てたナイフが栄子の両手を貫通する。刃は床にまで到達していた。ナイフがまるで杭のように栄子の両の手を打ち付けていた。
 言いようのない激痛が走り、血がどくどくと流れるのを栄子は感じた。
 栄子が激痛に悶えている最中、かちゃかちゃという音が聞こえてきた。ベルトを外す音だ。何をするのか栄子は理解できた。
 髭の男が栄子に覆いかぶさった。栄子は無理やり両足を開かされる。蛙が仰向けになったような格好になる。
 男が片手を自らの性器に持っていき、位置を整える。そして、そのまま腰を沈めていく。 「いやぁああッ!」
 何かがぶつりと切れるような感覚。今度は栄子の下腹部に痛みが走る。男がそのまま腰を深くまで落とす。そして今度は腰を浮かす。
「もう少し育っていれば楽しめるんだがな」
 栄子は自分の発育の悪さを気にしていた栄子にとって屈辱的な発言であったが、掌を貫かれた痛みと破瓜の痛みが同時に襲っている状況ではそれに気をかけている余裕などなかった。
 男が腰を落としたり浮かしたりするたび、栄子の中で苦痛と嫌悪感が膨れ上がっていく。
 胃液がこみあげてくる。男を受け入れることがこれほどまでに身の毛のよだつものであるのかと栄子は思った。
 男が腰を動かすたび、栄子の掌に刺さったナイフが傷口を広げる。
 荒い息遣いが栄子の顔にかかる。何よりも不快な臭いだと思った。
 男の腰遣いが速くなる。そして、彼の腰が止まり、腹の中でびくびくと脈打つのを栄子は感じた。
 精を放ったのだと栄子は思った。もしこの髭男の子を孕んでしまったらという恐怖感が全身を支配する。
「なんだ、バージンだったのか」
 髭男が下卑た笑いを浮かべながら栄子の股を覗き込んで言った。覚悟していたとはいえ、やはり十代の少女である栄子にとって耐えがたい恥辱であった。
「……まだ喋る気にならないか?」
 ベルトを締めながら、満足そうな声で髭の男が言った。
 栄子はかぶりを振った。
 それを合図としたかのように、男は軍靴で栄子の肋骨を踏みつけた。
「あああああッ……!」
 恐らく骨が折れたのだろう。異常な痛みが栄子を襲った。
「がっはっ……!」
 次は脇腹に蹴りが入る。痛みで呼吸が止まる。何度も繰り返される。そして相変わらず手からは血が流れ続けている。
 何度繰り返されただろうか。栄子は意識が混濁してきた。目がうつろになる。いっそ死んでしまえば楽になるのではと思えた。
「このくらいにしておくか」
 男の蹴りが止まる。痛みがおさまるわけではないが、呼吸はできるようになる。
「殺してしまっては自白が得られんからな、続きはまた明日にするとするか。おい、縛っておけ」
 髭の男は二人の兵士にそう命じて小屋を出て行った。

 傭兵にとって何よりも大切なのは仲間を裏切らないことである。
 怪我をした相棒を助けるために命を落とした傭兵を、かつて栄子は見たことがある。
 そうして死んでいった彼は傭兵の鑑であると皆が称えた。
 だから彼女は自分が敵の捕虜になってしまっても、捕らわれる原因である新兵の失敗を恨むつもりはなかった。
(それよりも、こうなる前に自殺できなかったのが悔しいですね……)
 傭兵としての矜持を捨てられない彼女は、いつか逃げ出すか助け出されるかするまで、繰り返される拷問を甘んじて受け続けるしかないのである。
 今、栄子はナイフで性器を抉られ、溢れる血を潤滑油代わりにされ、兵士に穢されている。
 栄子の可愛らしい容貌はすっかり崩れていた。顔を踏みつけられ、鼻の骨が折れていたためである。
 捕らわれてから三日が経っていた。すでに栄子が犯された回数や刃物で刺された回数は両の手では数え切れなくなっていた。
 最早悲鳴をあげる気力も尽きていた。ぼやけた瞳で栄子は自分の上で腰を振る男の顔を眺めていた。

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by りすな ていじま