□注意事項
「誰も救えない」終夜さん性的・精神的・社会的虐待
「なぜ終夜さんが引きこもったのか」を本気出して妄想した結果これはひどいねつ造ができてしまったものです、全編ねつ造だけでできています
かすかにユーザーとカップリングしているように見えますが実に微かすぎる
おk?
雨月の檻
ああ、雨の音がする雨の音が部屋の中に侵入してきやがる嫌だ嫌いだ吐き気がする苦しい狂おしい狂いそうだ眩暈がする目から血がいっぱいいっぱい溢れてくる喉の壁が収縮し大量のダニが湧き上がりざらざらとこぼれ落ちそうだ! 誰か早く雨を止めて! 雨を降らす犯人を処刑するんだ! 早く! 僕が悲しみに蚕食されてしまう前に! あああああああ嫌だ! 雨の音がうるさい! 嫌いだ!
「どうしたの終夜……たったこれだけの、霧雨のような程度のものじゃないか。台風みたいな豪雨ならうるさいかもしれないけど」
死ね! 君ごときに何がわかる! 豪雨なんてものは荒れ狂ってるだけのバカな天候でしかない。この体の隙間に、脳の隙間に、心臓の隙間に入り込み喰い殺すような忍び寄るささやかな音こそ猛毒、狂気、背徳、悪意、そして……
「終夜、どうしたの、また何か幻覚が見えるの?」
「……いや……こないで……」
錆びてなお僕を苦しめる狂気が、悪夢が、そして滅びが、僕の意識を壊していく!
嫌だ、もうはるか昔に捨てたはずの二段ベッドが見える、物置に放り込んでしまったはずの幼稚な学習机と、それに向かう僕がみえる。そして僕は手元を見なくても小学生の僕が算数の宿題をしていることを知っている。ああ、この悪夢がまた目が覚めているうちに襲いかかってきた。そう、小学生の僕は先生に褒められていい気になって夢中で算数ばかりやっていたんだ。雨が降るその日、両親は出かけていて、兄さんはまだ学校にいて、僕は賢くお勉強しながらお留守番……。この時間まで僕はまだ正気だった。
ああ、もうすぐ兄さんが扉を開けてやってくるよ。僕、逃げないと、早く、逃げて! なのに幻想の僕には声は届かない。ご機嫌な様子でノートに数式を書きつけている。そしてガチャリとドアノブを回す音がしてしまった。
「あ、兄さんおかえり! 見て見て! 今日分数を習ったんだよ!」
僕はノートを持って兄さんに駆け寄る。学ランを着たままの兄はかすかに雨の匂いをまとってぼんやりと僕を見下ろしている。焦点の合わない目に暗黒が横たわっているのに幼い僕は気づきもしない。
「兄さん?」
兄は何も言わなかった。何も見ない目に僕を映し、そして加減を忘れた手で僕の髪を鷲掴みにする。
「や! 痛い!」
そしてずるずると僕を引きずり、二段ベッドの下段に放り込むと、首を絞められた。
「いいか終夜、暴れたら殺す」
その首絞めは本気だった、硬い声も、首に込められた力も、見下ろす冷たい目も、よく覚えている。かなり長い時間の窒息の果てに首が解放されると、兄は僕の襟に手をかけた。
そこから後は記憶が途切れている。視界はしばらくブラックアウトする。記憶は本当にすっぽりと抜けてしまっていて何もわからない。
その後、狂ったような朝焼けが差し込む風呂でシャワーを浴びながら、排水溝に流れていく血と何かを眺めた。どうしてだろう、なぜかその光景が妙に焼きついている。
しかし記憶は消えていても後から得た知識と体が覚えていることを総合すると何が起きたのか断片的に想像できた。自分の身に何が起きたのか、体験は忘れていても追想によって恐怖する。兄の何が、僕をどうしたのか。意識がそのことに触れようとすると体の芯が硬化していく。全身の筋肉が緊張する。兄が触れたであろう場所を風呂で何度洗おうと、物理的ではなく意識と記憶の中に刻まれた穢れは拭えない。
どうして兄が僕に恐ろしいことをしたのか、今となってはもう知るすべはない。僕が中学に上がるころ、彼は交通事故で死んでしまった。まだその事件と面と向かえない、――いや、今でも直視することはできないのだが――僕が問い正せるだけの力を持たないうちに、そして罪を償ってもらうことも、ともに罪を抱えて生きることもなく、彼はこの世から立ち去ってしまった。僕は独りで、彼に押された烙印の痛みに耐えなくてはならなくなった。
コンロで火傷をした幼児が蝋燭やライターの火をも恐れるように、僕がこの世で最も愛していた男――留守がちだった父よりずっと兄の方に懐いていただろう――からむごい仕打ちを受け、僕は全世界の男を恐れた。話しかけてくる奴、僕に触れようとする奴、腕が当たるか当らないか至近距離ですれ違う奴、奴らみんなが僕を傷つけるのではないかと怖かった。僕と親しいか親しくないかにかかわらず、何かあったらすぐに逃げられる範囲より近くに存在されるのが苦痛で不快で恐怖だった。しかしどうして僕が人を避ける理由など話せようか。次第に僕に近づく奴はいなくなった。人間が嫌いなわけじゃないのに、友達は人並みに欲しいのに、いいや、一人ぼっちは寂しくてつらいとさえ思う、だけど怖い。他の奴にとってはそんなの考えすぎだ、妄想だと一蹴してしまえるような暴力が、今目の前にある孤独よりずっと恐ろしかった。
「その子」が僕をかまいにくるようになったのはいつだろうか。そうだ、修学旅行が云々言い始めたくらいの時期だったか。その子は誰に対しても面倒見が良かったし、何より学級委員だったから誰とも班が組めない僕を心配してくれたんだった。その子はクラスの人当たりのいい男子たちに片っ端から僕を入れるように交渉してくれたが、そのたびに僕は誰とも組みたくないと無言と首振りで抵抗し続けた。しまいに彼女は「だったら私と組むか」とまで言い出した。女の子は……慣れていなかったけど、怖いことはなかった。ここで断って先生に投げやりに男子班の中に放り込まれるくらいなら、と首を振らなかった。女子なら近くに寄られても怖くなかった。僕を傷つけた禍々しい凶器を持っていないから、安心できた。
修学旅行が終わっても彼女は僕によく話しかけてくれた。僕も中学に入ってからずっと誰とも離せなかった分を取り戻すかのように、いろいろなことを言っていた気がする。僕と彼女は仲が良かったと形容しても大丈夫だと思えるくらい関わりを持っていた、と、思う。勉強のこと、彼女の兄弟や家族のこと、彼女の部活の事、僕の好きな本、昨日見た夢、くだらない思いつきの数々……名前なんてとっくに忘れてしまったけれど、彼女のよく動く表情は一つ一つ丁寧に思い出せる。今となっては他人の顔なんて輪郭をなぞることすらできないのに、それほどよく彼女の顔を見ていたということだろうか。僕が彼女に抱いていたのが「友情」だったのか「依存」だったのか「執着」だったのか「恋情」だったのか、それはもうわからない。でも少なくとも彼女にすっかり心を許し、信頼し、ある部分で寄りかかっていたことは、わかる。
ああ、愚かな、僕。笑えて、嗤えて、涙が出る。悲しいよ!
いいや、あの子は僕を裏切るつもりなんてなかった。そう、裏切るつもりなんてなかった。だけど僕との約束は守らなかった。ううん、約束を守るよりも正義を貫く方が大事だと思っただけなんだよね。あの子は真面目だから、賢いから、しかるべき方法で僕を病みの中から救おうとしたんだ。だけど僕は結局救われなくて、今までいた場所よりもずっと深い闇の底に落ちてしまったんだ。
裏切りなんかじゃない、でも僕は憎んでいる。そして憎まずにいられないそんな僕自身も僕は憎んでいる。あれほど優しくて温かかった彼女にずっと呪いを呟き続ける醜い僕が、嫌いだ。ああ、人間なんて二度と信じるものか、誰にも心を許したりなんかするものか、弱みを見せたら喰い殺されるんだ、どうせ彼女は僕の深いところを知ったとたん気持ち悪くなって僕から離れたくなったんだそうに違いない……。本当は違うと知っているのに、そう思い込まずにはいられない。「嫌われてしまった」と思い込んでしまう方が、まだ楽だから。
あの子から届いた懺悔の手紙は、カーペットの下に放り込んである。もう一度読み返すつもりなんてないけど捨ててしまう勇気もないから今もずっとそこにあり続けている。僕はあるとき、彼女に僕の苦しみを打ち明けた。どうしてずっと他人を避けてきたのか、なぜ男子が怖いのか、僕の身に降りかかった災いの日を、彼女に話した。彼女になら話しても大丈夫だと思ったし、僕は彼女と出会って、友達がもっと欲しいと思った。だから変わりたかったんだ。恐怖を克服して、過去と向き合いたかった、でもその方法がわからなかったから、彼女に相談するつもりで秘密を話した。
だけど彼女は違う風に受け取ってしまった。彼女は僕が現に犯罪の被害に遭っていて君に助けを求めたんだという風に思ったんだろう、だから君は先生に話し、職員室で話題になり、それを聞きつけたクラスメイトに知れてしまった。いつも通り教室に足を踏み入れた僕に、クラス中から視線が集まった恐ろしい瞬間を僕は覚えている。かすかに聞こえた「ホモだ」という呟きによって、僕は、僕の全世界が瓦解していく音を聞いた。
学校になんか、二度と行けるものか。外なんか、二度と歩けるものか。もう二度と、差し出された手を握るものか!
幻覚が消える。ここはもうただの僕の部屋で、部屋にはいつもより異様に長い僕の錯乱状態に戸惑う君がいる。……君の困り顔を見るたびに僕はざまあみろといい気になる。君を拒絶し、そのたびに君が傷つくのを見ると、安心するし一方で切ない。
君は彼女に似ている。顔も性格も何もかも違っているけど、寂しい顔をした人を放っておけない、バカみたいな粘着質で吐き気のするようなうざったいお節介焼きなところがよく似ている。だから、怖い。ひとたび君に気を許して、僕の心の中身を漏らしてしまったらと思うだけで苦しい。
だから、僕は狂う。君と通じ合ってはいけない。振りかざす言葉は君を傷つけるためのナイフじゃない、僕が傷つかないために捲いた煙幕。
「見ないで見ないで僕を見ないで見ないで僕を気持ち悪い僕を見ないで嫌だもう気持ち悪い吐きそうだいやだこんな姿気持ち悪いだって誰も僕を見てくれない気持ち悪い僕いやだいやだこんなのはもう助けて君が助けて助けてくれないからしにたいしにたいしにたいしにたいころしてはやくころしてしにたいきもちわるいきもちわるい!」
悪意のない人間の手によって突き落とされた地獄を、誰も憎めないまま彷徨っている僕は、救いのために差し出された手さえ、怖くて握ることができない。
誰も救えない(master: 橘 朔夜 site: 深海楽園)