インダストリアル・ボディー


近藤が甥の家へ連絡も無しに訪れると、案の定玄関口でメイドに断られた。
それでも腹が減っているから食事だけでいいからと頼むとメイドは少し考えたそぶりを見せ、笑顔で近藤を迎え入れた。
メイドはまだ若い顔に不釣り合いな血色の悪い肌と、それに反するような成熟した身体をしていた。
そして無垢な笑顔という組合せが何度見ても拭えない奇妙な違和感を漂わせていた。
先にダイニングへ向かうと甥の部屋から罵声が聞こえた。
勝手に近藤を上げてしまったことをまた叱られているのだろう。
一度死んでいるこのメイドは、非常に物覚えが悪かった。
そして他人の身体を組み合わせて作った身体からは東洋とも、西洋ともつかない混血の臭いを放っていた。

近藤は机と椅子を自分の良いようにセットし、大きめの、ただし近藤にとっては少し窮屈な椅子に腰をかけた。
「お待たせしてすみません」
申し訳なさそうにするメイドの後ろには甥の非常に不機嫌な顔があった。
「なんだ、迎えに来ずともわたしからお前の部屋に出向いたのだがね」
「それが嫌なんだ」
甥は近藤の正面のに置かれた椅子を引き離して座った。
談笑とも言えない上辺だけの会話をしているうちにメイドは手早く十枚のパンケーキを焼き、八枚を近藤、二枚を甥の前へ運んだ。
ダージリンの紅茶には花入りの角砂糖が添えてある。
「身体の調子はいいようだね?」
近藤はメイドの腰に手を当て、ラインを確かめるようにゆっくりと背中をなで上げた。
身体の継ぎ目に指が引っかかったところをなぞると、おかげさまで、とメイドがはにかんで答えた。
そのままメイドの手を取り甲にキスをする。
薄く、それでいて柔らか。そして緩やかなカーブに整えられた爪。
血の流れる音が聞こえなければ人形と間違う程の完璧な手だ。
「ごゆっくりどうぞ」
メイドは柔和な笑顔で挨拶をし、足音を立てずに静かに部屋を出た。
手始めにシロップをかけずに一枚食べると、上等な小麦の中に仄かなシナモン・スパイスの香りが広がった。
ふわふわとした食感に先程のメイドの手を思い出す。
「料理は元から上手かったのかな」
「さぁね。忘れたよ」
「お前は両方楽しんでいるんだろう?」
両方?と甥は顔を曇らせた。
「前の持ち主の時に身体の方は一度試させてもらったことがあってね、エラい上手かったのだからソッチ専用だと思っていたよ。
あの時は料理もできるとは思ってもみなかったな。」
睨む甥をよそにメープルシロップをあふれるほどにかけてほおばる。
「彼女はわたしの事など覚えていないようだが、まぁ無理も無い。毎日何十人という中の一人だからね。
今のはあの時の腕と身体ではないんだろう?
もう一度、試させてもらおうかな。」
アドルフが露骨に嫌な顔をしたのを見て近藤は大きく笑った。
「冗談だ。今はもう、お前の物だからね。
試すならお前とだな。」
「そいういう冗談は嫌いと言っているだろう。もう帰ってくれ。」
「すまないがまだ腹が減っているんだ。サンドイッチ貰ったら帰るよ。」
近藤は皺だらけの手を叩き、メイドを呼んだ。

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by マキ エンゼル50